むかしの武士はたしかに、霊主体従であった。

実際、いまの人間は物質と精神との価値を転倒している。
金さえ 与えれば、
どんな精神的屈辱でも忍(しのぶ)
という世の中になってしまった。

そこへいくと、むかしの武士はたしかに、霊主体従であった。

少々の金を 倹約して、
大いなる精神的苦痛を忍んでいる人たちはずいぶん多いが、
実に本末転倒と 言わなければならない。

精神が主で、物質はあくまでも客である
ということがわからない連中が次第に多くなってきた。
むろん物質の厚薄が人の精神方面に影響することも大(だい)であるが、
しかし 人間は、心次第で物質を駆使する機能を与えられているのである。
こうして、はじめて真の人間としての生きがいを感じるのである。

出典:生きがいの創造

著者:出口日出麿