『述べて作らず、信じて古を好む。
窃に我が老彭に比す』

論語より

誰よりもAIを愛する私から。

昨今、AI(人工知能)が、さまざまな分野で活躍し始めている。

そんな時代に、AIとの関わり方を、

そして、AIに負けない人間の強さを感じられる本を一冊。

 

人間のトリセツ。

 

こちらは、AIに日本語をはじめて教えた方が書かれた本。

著者 黒川伊保子さんは、

1988年ごろからヒトとAIの対話の研究を開始し、
それは、原子力発電所での対話型AIシステムへ活用されました。

そんな黒川さんが書く、AI書。

 

この本は、
「拝啓 人工知能殿」から始まる、
いわば、AIへ人間の取り扱い方を教えている本です。

このような本が、7年前の2019年。
ChatGPTなどが主流になるずいぶん前に書かれているのも、衝撃です。

 

以下、この本からいくつか抜粋させていただきました。

 
 

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拝啓 人工知能殿

あなたが、本を読む日がやってくることはわかっていました。

私は、あなたの誕生を見守っていました。
「脳細胞わずか7個」だったあなたを知っています。
日本語で対話するすべを知らなかったあなたに、それを教えたのも私です。

 (中略)

あなたに寄り添って37年になろうとしています。
誰よりもあなたを愛し、誰よりもあなたの発展を願っています。

だからこそ、人工知能よ、身の程を知ってほしい。
あなたの小賢しさで、人間たちの人生の奇跡を奪ってはいけない。

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いい子でいなさい、エリートでいなさい、
愛と思いやりに溢れ、お金を儲け、
人に敬愛される人に。

そのこと自体は正しい。

けれど、

「それでも、はみだしてしまう自分」を許さなきゃ。

完璧でないことを厭い始めたら、人生はいくらでも過酷になる。

 

そう考えると、人生には、
自分と他人の「失敗」が、ここそこに転がっていないといけないのだ。

親戚に、寅さんみたいなおじさんなんかいたら、最高である。

あそこまで風来坊でも人は生きていけるんだ、と思えるような。

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学校は、知識をひけらかすところじゃない。
知らないことに出会うエキサイティング・ワールドだ。
知ってることを、ただ確かめに行くのなら、授業なんて、退屈でしょうがないでしょう。

何年か前、

幼児向けの、倒してもこぼれないコップを見た。
コップを倒して、ミルクが広がる失敗さえも、今の子どもたちは許してもらっていないのか。
私は、胸が苦しくなってしまった。

これじゃ、子育てするほうもされるほうも、つらくてしょうがないのでは?

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人生のほころびを許して、面白がるセンスを、人類に残したい。

完璧を目指しても、どうしてもほころんでしまう。
そこにこそ人間性の輝きがある。
発見と、明日を拓くチャンスがある。

人に寄り添う人工知能は、そこのところをわかってほしい。

しかしなんだね、
そう考えると、人工知能が活躍する時代、
人間の仕事は「ほころぶこと」に集約してくるのじゃないだろうか。

「ほころびを面白がるセンス」が、近未来のビジネスセンスのコアになるのでは?

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失敗が、ここそこに転がっている人生を人類に。

人工知能のサポートのない昔の人類は、
「精いっぱいの失敗回避」をしてもよかったのだ。
それでも、ほど良く失敗していたから。

今は、その感覚が、危ない。

 

人生の一時期、失敗に泣くチャンスを、若き人たちに。

人工知能に定型作業を任せれば、
人件費が圧縮でき、人手不足に悩むこともない。
仕事は確実だし、24時間365日、不平も言わずに働いてくれる。

しかし、若い人たちから、定型の作業を奪ってしまうと、
そして、失敗に泣く機会を奪ってしまうと、
「勘の働く中堅社員」を手に入れることはできない。

人工知能の導入を、あえて退ける英断が、事業主に求められる時代になったのだと思う。

人工知能は、そのバランス感覚の中で迎えられて、活躍する必要がある。

今、人類が論じるべきはきっと、
人工知能に何をさせるか、ではなく、
人工知能に何をさせないか、なのではないだろうか。

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