映画「オッペンハイマー」をみて。

先日、映画「オッペンハイマー」をみてきました。

 

オッペンハイマーは、「原爆の父」と呼ばれる物理学者。

第二次世界大戦で、アメリカで英雄になった人物です。

 

今回の映画では、そんな彼が、

なぜ原子力爆弾を作ったのか?

そして、そのあと、なぜ水爆開発に反対するようになったのか?

を描いております。

 

物理学を発展させることが
物理学者としての役割あり、

それをどう使うかは、
物理学者のあずかりいれぬところだ。

 

というスタンスをもっていた彼ですが、

 

戦後、ハリー・S・トルーマン大統領と
ホワイトハウスで初対面した際、

「大統領、私は自分の手が血塗られているように感じます」

と語ったと言われています。

 

そして、その後、

新たにアメリカで、水爆開発が開始されようとした時、

水爆反対活動をおこない、公職を追放されています。

 
 

この映画をみて、

戦前、

ブラックホール研究に熱中していた彼が、

戦後には、

原子爆弾で、最高の名誉をうけることになるとは、

なんて皮肉な物語なんだ、、と感じました。

 

核融合(ブラックホール)

核分裂(原子爆弾)

 

彼は、映画のなかで、

いくども〝融合〟を望んでいたように思いました。

 

当時、ソ連への情報漏洩を危惧し、
情報は区分化して管理することが推奨されていた中で、

物理学の発展のため、科学者内ので情報の共有すすめ、

 

科学者とその家族が、共に研究・生活できるよう、
ロストアラモスという街を作り、

 

故郷 ニューメキシコと、物理学の融合を志していました。

 

なのに、なぜ、

彼は、〝分裂〟の道を歩んでしまったのか?

 

それを、映画をみている間、ずっと問い続けていました。

 
 

(想像力で、物理現象を研究する)理論物理を
専門とする彼が、

どうして、原子爆弾を使われた相手にも、

自分と同じように、家族がいることを想像できなかったのか?

 

科学者は、

自分が作ったものを試さずにはいられないのか、?

 

ひょっとしたら、

本人に躊躇はあったのかもしれないけど、

爆弾は、その威力を正しく知らない者によって、使われてしまった。

 
 

科学者とはなんなのか? 技術者とはなんなのか?

 

それは、僕自身も、いち技術者であるから、

問わずにはいられませんでした。

 
 

僕も以前、

僕らがつくった自動発注システムが誤作動を起こして、

大量のアイスクリームが発注されてしまったことがありました。

 

いまでは笑い話ですけど、

54店舗あるお店には、大量のアイスクリームが届き、

店舗の冷凍庫のなかには、収まりきらず、

店頭では、大パニックでした。

起こったのが6月だったから、そのままでは全部とけてしまう。。。
(被害金額が多大なものになってしまう。)

 

最終的には、アイスクリームのメーカーさんに

回収のご協力をいただけて、いったんは、どうにかなりましたが、

本当に、多くのご迷惑をおかけしてしまったと思います。

 

技術者の悪い癖なのか、

プログラムを書くにあたって、

画面上における、「1」も「2」も対して、大した違いはないように見えます。

 

でも、その違いによって、

現実世界では、倍の数のアイスクリームが動いているわけで、

(実際には、4倍くらいの量の発注をしてしまっているのだが、、)

そこまで想像がいっていない時があります。

 

技術を身につけること

自分の能力を上げること

自分の実績を積むこと、

 

それらについて、考えることは多いけれども、

自分のやっていることの
周りに与えている影響や、

自分のやってることの責任

について、本気で考えるようになったのは、

その出来事がきっかけだったように思います。

 

科学技術は、何百年、何千年と、

人類が積み上げていた叡智であるのに、

それを扱う人間が、半世紀分ほどの器しか

持たないようでは、危なっかしくてしかたがない。

子どもの火遊びを、みているようなものだ。

 

ということを、以前、野口晴哉の本で読んだことがあります。

 

ほんとにその通りだと思います。

とはいえ、これまで積み上げてきて下さった先人たちの
想いにも応えたいと思っています。

だからこそ、歴史を学び、人類の歩みを知り、

先人から受け取り、技術を使っていきたいなあと、僕は思いました。

 

映画「オッペンハイマー」は、

そんなことを思わせてくれる映画でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!