商売の原点は、余り物にあり?

こんにちは、松井です。

ずいぶん、久しぶりの投稿です。

 

過去のノートをさかのぼっていたら、
これは、記事にしといた方がいいかもな、

と思ったので、メモ書きレベルですが、
書いてゆきます。

 

いきなりですが…、

商売の原点というのは、
「余り物の交換」にあるのではないでしょうか?

会社で働くことも、アルバイトすることも、
システムを開発することも、セミナー講師をすることも、

どれもこれも、「余り物の交換」。

 

つまりは、

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自分だけでもっていても、

余らせてしまうもの・腐らせてしまうものを

他のひとにゆずる・おすそ分けすることで、

相手のなかで活かしてもらう。

そして、そのお返しに何かをもらう。

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っていうのが、

商売であり、ビジネスであり、仕事であるのかな、と思うわけです。

 

これは、物も技術も同じで、

技術も自分でもっているだけで、使わなければ、腐らせてしまう。

ひとのために使うことが、
結局、ひとのためになり、そして、自分のためにもなりますよね。

 

技術っていうのは、

(自分で)はじめてえた時は、喜びや達成感のような満足を感じます。

しかし、それは一時的で、

しばらくすれば、それをもっているのが普通になります。

 

で、じきに、それが大したものでないと思いはじめてしまう。

つまりは、腐らせてしまう。

 

それは、「出し惜しむから、腐る」とも言える。

 
 

自分が身につけた技術、というのは、

何かしらに使って、はじめて、価値を生みます。

 
 

もし、

自分がやっていることや、
自分の仕事、自分の役割に、価値を感じていない、

というのであれば、

それは、

・自分がやれる100%のことをやれていない、

・自分の力を、出し惜しんでいるから、

そうなっているのかもしれません。

 

出しきることで、はじめて感じる新しいものもあるはずです。

 
 

コスパよくやっていて、
中途半端な生き方しかできていなければ、

自分のやってることの、真の価値はわからない。

 

以上。

自身への自戒もこめての記事でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

松井