仕事ができるようになること

「仕事ができるようになることは、

 知らないこと・知らない部分がなくなることである」

という話を、以前、どこかで聞いたのを思い出した。

 

それを思い出したのは、きっと、

大学の後輩が、転職を決め、
元々いたIT企業をやめ、

「これからは、人材業界で自分を磨きます!」

と言っているのを聞いたからだと思う。

 
 

こんにちは、松井です。

このまま続けます。

 

世間一般でいう、仕事のできるひと(のイメージ)
というのは、

仕事ができる範囲・扱える範囲が、

「広いこと」を言っているように思います。

 

いろんな範囲の仕事ができる = 仕事ができる、と。

だから、いろんな資格、いろんな技能、いろんな職種をとりたくなっちゃうのかな、

と思うわけです。

 
 

でも、本来大切なのは、

「自分の扱っている仕事の範囲を、
 どれほど〝密度濃く〟できるかどうか?」

だと思うんですよね。

 

例えば、

レストランに行って、

味のうすいスープを、誰が欲しがるのでしょうか?

うすいスープが大量に用意されるよりも、

ギュッっっっっっと、凝縮されたスープであれば、

少量でも、大満足のはず。

 
 

仕事の幅を広げることを、スープの量を増やす行為だとすると、

自分の目の前の任された仕事に、

しっかり向き合い、その領域を深めていくことは、

スープを煮込み、濃度をあげていく行為だと言えます。

 

そしてそこには、当然、

〝熱量〟が必要です。

生半可な気持ちでは、なかなかスープは濃くならないでしょう。

 

それは、苦しく、

理不尽とも、戦うことになるでしょう。

 

でも、そうやってできたスープは、

きっと、

他のだれにも出せない、味わいのスープになっている。

そんな気がするのです。