「物理」と「宗教」

こんにちは、松井です。

僕は、フリーランスになってから、
仏教などの宗教を学ぶのが好きになりました

 

僕の本職は ITエンジニアですから、
僕が仏教が好きだと言うと、多くの人は大体驚きます。

まあ確かに、

僕の同年代(20代後半)で仏教が好きという人は、
僕の周りにもほとんどいませんから、無理はないでしょう。

とはいえ、
みなが仏教に興味を持たないのは、

それは、
仏教、ないしは、宗教への考え方が

根本的に違うから、

だと僕は思っています。

 

そもそも、日本の宗教である
日本仏教というのは、
江戸時代までは、いち学問として学ばれるものでした。

その後、 開国にともない
キリスト教が〝宗教として〟日本へはいってきて、

その区別のため、

日本に初めて〝宗教という概念〟が生まれたのです。

 

日本における仏教というのは、元々は学問です。

僕は大学時代、物理学を専攻していましたが、
仏教は、それと、なんら差はありません。

 

物理では、この世の成り立ち、

私たちが住んでいるこの空間は、
一体どういうふうにできているのか?

というものを、

数字や記号や、変な線を使って
数式という形で記します。

 

つまりは、物理学の原点には、

「この世界がどうなっているのか知りたい!」

という想いがあるということです。

 

そして、これは日本仏教でも同じです。

日本仏教では、
世界がどのようなもので構成されているか?

と言うことを、

仏、神さま、徳、御霊(みたま)、因果、

などを用いることで、説明しています。

 

徳を積めば、幸運を呼び寄せ、

誰かを傷つけたりすれば、そのバチがどこかで当たる。

 

リンゴが木から離れれば、

地球の引力にひっぱられ、地に落ちる。

 

物理学が、

世界を細分化していくことで、
この世の理を探究した

のに対し、

仏教(宗教)では、

世界を(神の目線から)大きく見ることで、
この世の理を探求している

のです。

 

そのように考えると、
両者の違いは、

この世の理の解明へのアプローチの違い

なだけであったりします。

 

しかし、どうしても、

物理学(や科学)のほうが、
仏教よりも優れているように感じる人も

多いように思います。

まあ、直感的にはそうだろうなぁ、とは僕も思います。

 

ただ、やはり面白いのは、

ここ最近の、物理学の発展によって、
量子力学がでてきたことで、

仏教で考えられていた世界の原理

というものが物理的にも、
証明できるようになったということです。

 

 

僕がマンガ「鬼滅の刃」で
印象に残っている言葉があります。

それは、最強の剣士 縁壱の言葉で

「剣を極めし者の道は、
最終的には、一本の道につながる」

という言葉です。

 

この剣の道と同じように、

世界の真理を求めた先にあるのは、

そこへアプローチが
宗教であれ、科学であれ、

最終的には、
同じところにたどり着くのかもしれません。

 

なので僕は、

その物理、宗教の両方の面から、
この世の真理がどう解明されていくのか

をみることを、楽しみにしています。

 

では今日はこのへんで。

ありがとうございました!

 

p.s.

実際に、
僕が、物理学を勉強してわかったことは、

この世のほとんどのことは
まだ全ッ然ッ解明されていないということです。

身近な例で言えば、

「摩擦の原理」

というものは、まだ解明されていません。

いやーー、まじかーー、って感じですよね。